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2月上旬 俺は人を救った。

この日はとっても暇だった。
別に驚きもしなかった。こういう日はあって当たり前。
一人の男がやってきた。久しぶりの奴だ。
コイツはいつも久しぶりの男だ。
いくら暇でも店は閉められない理由がここにある。
来るからこういう奴が。

マンツーマンの時間をしばらく過ごした。
「バーボンさん、僕会社を辞めようと思うんです」
俺は言った「絶対にやめちゃダメだ」
「もう上司にも4月いっぱいでやめると言いました」
 「でも絶対にやめちゃダメだ!興味本位で聞くけど何でやめようと思うの?」
「もういいかなと思って、会社に入って6年、昔ほど頑張んなくても仕事を回せるようになって、会社の名前もあるんですけど、必死にやらなくてもなんとかなってしまうのがつまらなくて」 
 「君の会社は週休2日だろ?この時期ならスノーボードでもしてみたらどうだ。めちゃくちゃ面白いらしいぞ。」
「このあいだやってきました。楽しかったです。」
 「だったら、いいじゃないか。俺なんかウワサで楽しいと知っていても行く事が出来ないんだぞ」
「バーボンさんこそスノーボードに行ったらいいじゃないですか。」
 「言いにくいことだが、お前さんが今日の最初の客だ。そして最後の客かもしれない。こんな不安定な店の店主がスノボにいけるか?スノボに行くぐらいなら新しい酒を仕入れるよ」
「バーボンさんは自分の好きなことを仕事にしてるからいいじゃないですか」
 「そうかもしれない。ただ俺も昔の店を始めたばかりの頃の自分を懐かしく思うことがある。ただ戻りたいとは思わない、高円寺の酔っ払いには苦労したし、ひどい気分にもさせられたし、積み上げていったものを一瞬で壊された事も何度もあった。普通に生きていて味わわなくてもいいような気分を味わい続けた。子供の頃、酔っ払いが嫌いだったことを思い出した。忘れていた事だ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 「だから俺もある意味今は余裕なのかもしれない。昔はスノボなんて言葉は出なかった。別世界の話だった。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
 「ただ俺の場合その出来た余裕を仕事に持って行こうと思う。まだやってみたい事がたくさんあるし、やってない事もある。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 「本当のことを言うと不安なんだと思う。店をやっていていい時も悪い時もあって、いい時をなんとかキープしようとしてもキープできた事なんかなかった。もっとそれ以上に頑張ってなんとかキープできる程度だった。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 「だから仕事が抜けない。アパートを借りても家になんか帰ってない。いつもカウンターに椅子を並べて寝ている。悲惨だろ。自営業って。会社なんて最高じゃないか。しかもウチにある DVDは君の会社の製品がほとんどだ。週休2日を謳歌しろ!それから悩め。」
「バーボンさんはなんで市場を辞めてバーを始めたんですか?」
 「本当の事を話していいか?がっかりするぞ。野菜が重たかったからだ。これ以上重たいものを持ちたくないと思ったからだ。どうだ?」
「がっかりしました!以前聞いた話と全然違うじゃないですか!」
 「今まで俺はその質問に対してはこう答えていた。~市場で捨てられる傷物の果物を見ているのが忍びなかった。それを何とかしようと思ってこの店を作ってカクテルにして出したとか~飲み屋が好きで開店から閉店まで飲み屋にいたかったとか~どれも嘘じゃないが本当の理由は別だ。野菜が重たかったからだ。」
「でもなんでそれがバーを始めたきっかけになったんですか?」
 「バーで酒を飲んでる時にとんでもない衝撃を受けたんだ。」
「なんですか?それは」
 「そこのマスターがアーリータイムス一杯注いで客に出して、一瞬にして400円稼いだのを見た。見慣れた光景だけど、その時は衝撃的だった。」
「酒の原価を判っていたら、誰でも判る事じゃないですか。」
 「その頃の俺は市場で10キロのジャガイモを1ケース売って、儲けが100円だ。重いし腐るし場所とるし。春になれば芽が出てくる、1ケース100円しか儲からないのに何十ケースものジャガイモの箱を開けて何時間もかけて芽を取る。それを箱の戻して売る。酒ならそんな必要ないだろう。」
「・・・・・・・・・・・・・」
 「今日、駅前の高野青果で白菜が一個100円で売られていた。そういうのを見ると俺は八百屋のブルースが聞こえてくるんだ。いったい誰が儲かるんだって。」
「・・・・儲からないんですか?」
 「あの白菜が東京都民の口に届くまでいったいどんな経路をたどってると思う。畑を耕して育てる人、それを箱に詰める人、それを市場までトラックで運ぶ人、市場に並べる人、町の八百屋まで来て箱から出して売る人。それがちょっとした新生児なみの重さの白菜が1個100円でどう儲けるんだ。誰が儲かるんだ?」
「なんでそんなに安いんですか?野菜って。」
 「君は奥様方の会話で~最近野菜高いわね~ってよく聞くだろ?肉とか魚であるか?~最近お肉高いわね~ってないだろ。食卓の主役じゃないからだ。スーパーは野菜から特売する。スーパーは他で稼げるからいい。ソイツが相場になれば町の八百屋も値を下げる。そして八百屋のブルースが響き渡る。高円寺の八百屋は優秀だ。でもどの店にも寝てない奴が一人や二人居る。俺には判る。そしてほとんどの男が結婚してない。顔見りゃ判る、どいつもみんなブルージーな顔してる。」
「八百屋さんって大変なんですね。」
 「会計学上一番儲からない仕事が八百屋だ。会計学の定説だ。しかも東京都民は食うことを止めない。休みなんかありゃしねえ。休みがあれば前の日に二日分の仕事が待ってる。いつも週末が恐ろしかった。」
「八百屋さんって大変なんですね。」
 「バカじゃできないがバカじゃないと勤まらない。バカの天下一武道会。誰が一番バカなんだ選手権が市場の八百屋だ。。」
「八百屋さんって大変なんですね」
 「俺はトコトンやった。貴重な20代を築地で過ごした。そして判った、大変なら好きなことで大変な思いをしよう。そして俺は決めた、やりたい事しかやらない。」
「僕もそうなんですよ!」
 「でも、辞めちゃダメだ!俺とは違う。自分が今どれだけラッキーかを噛締めるだ。ただもういいかなぐらいで辞める仕事じゃない。」
「バーボンさんって意外と普通の人ですね。僕のお父さんと同じ事を言ってます。」
 「バーのマスターだからっておかしな人間と思うな。俺はいたって普通の人間だ。言いたかないがこれから俺の家族の話をする。俺の兄貴の話だ。俺の兄貴は出来の良い男で結婚して子供が二人いて安定した仕事についていた。この間選挙に立候補するといって会社を辞めちまった。でも選挙には立候補しなかった。ただ会社を辞めただけになってしまった。」
「なんでですか。」
 「臆したんだと思う。皆が止めているときは兄貴も出るといって聞かなかったが皆が止めるのをやめると結局は出馬するのを止めた。」
「なぜなんですか?」
 「冷静になったんだと思う。皆が止めるのをやめた時に初めて冷静になれたんだと思う。何かをやる時に俺は人に相談なんかした事ない。話す時はやると決めてからだったと思う。だから辞めるのを止めとけ俺に話すぐらいなら。」
「バーボンさん切ないです。お兄さんの話し。」
 「兄貴は出来のいい人で学校でIQテストをやると一番だったらしい。思いっきり努力しなくても何でも出来た人だったと思う。共栄ジムでボクシングをやっていた時期があって、具志堅ヨウコウのトレーナーに世界チャンピオンになれるといわれたらしい。兄貴はいまでもその言葉を信じてる。今でもその言葉を思い出して、チャレンジしなかったその時の自分を悔いてる。俺はそんなわけないと思ってる。俺の家族にそんな才能がある人間が居るわけないと思ってる。。兄貴は出来のいい人だったのですぐ他の道が見つかった。それでよかったと思う。若かったし長男だったししっかりすることを強制されていたのかもしれない。ただ若い頃の思いっきりチャレンジしなかったていう不発弾が今になってくすぶりだしたのかもしれない。そしてまたデカイ不発弾を作ったのかもしれない。」
「僕もわかります。僕も長男で弟が好き勝手やっている分、自分がしっかりしなきゃいけないと思ってました。そしてそうしてきました。今まで思いっきり何かにチャレンジしてないです。すごくツライです。その話し。」
 「男ってのは不発弾の一つや二つ持っているのかもしれない。この町を見てみろ男の不発弾だらけだ。安い酒と安い焼き鳥でごまかされてる。何かをやるんなら漠然とじゃないトコトンだ。」
「わかりました。辞めるの少し止めてみます!」
 「それでいいと思う。辞めるよりも何か見つけることのほうが大事だ。会社の中にあるかもしれない。」
「バーボンさんって本当に普通の人ですね。ウチのお父さんと同じ事をいってますよ。」
 「バーのマスターだからっておかしな人だと思うな。これからはお父さんの言うことをよく聞くように。」
そしてソイツとは一緒に酒を飲んだ。今日こと日記に書いていいか聞いたら、OKだそうだ。そしてそいつは帰っていった。


暇な時間がまた来た。それからしばらくして若い男が入ってきた。学生だ。
「バーボンさん、俺 就職するのを止めてミュージシャンとして生きていこうと思うんですよ。」
もうそんな時期か。
 「止めとけ、俺もこの町に来て5年。天才だとか、スゴイとか、才能があるとかいうミュージシャンをたくさん見てきたけれど、実際に売れた人間を一人も見たことがない。」
「そうなんですか。」
 「だから、お前さんも売れない。やれるもんならやってみろなら言えるけど。その前に言っておく、止めとけ!」
「バーボンさんなら応援してくれると思ったんだけど、、」
 「バーのマスターだからって若者の無謀な挑戦を後押しすると思うな。俺は常識的な普通の人間なんだ。」
「そうなんですか。」
 「ロックは人生狂わせる。お前さんは売れない。でもやれるもんならやってみろ!ただ常識人として言う、止めとけ。これ以上の言葉は期待するな。」
「わかりました。」

俺は今日二人の人間を救ったと思う。

バーのマスターだからって、無謀な後押しを期待されても困る。俺はそこまで無責任じゃない。
普通の人間が発する言葉しか出ない。
ただやると決めたらまた来てくれ。
応援する。

おしまい。
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  by kouenji-bourbon | 2007-08-06 21:29

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